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阿藤快死去、死因は心不全で心臓の病気…69歳の誕生日当日に自宅ベッドで一人、眠ったまま亡くなる「家族とは別居中だったのか…?」【経歴・嫁結婚・子供詳細あり】「下町ロケット第1話(動画)が遺作か」「加藤あい」

   

阿藤快死去、死因は心不全で心臓の病気…69歳の誕生日当日に自宅ベッドで一人、眠ったまま亡くなる「家族とは別居中だったのか…?」【経歴・嫁結婚・子供詳細あり】「下町ロケット第1話(動画)が遺作か」「加藤あい」

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俳優の阿藤快さんが、2015年11月15日午後、東京都内の自宅で亡くなっているのが見つかりました。69歳でした。

事務所によると、死因は心不全だということです。

阿藤快 プロフィール 結婚・子供について

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芸名:阿藤快(あとう かい)
本名:阿藤公一(あとう こういち)
旧芸名:阿藤海
生年月日:1946年11月14日
没年月日:2015年11月15日(満69歳没)
出生地:神奈川県小田原市
死没地:東京都新宿区
出身高校:神奈川県立西湘高等学校→西湘高校
出身大学:東京都立大学法学部法律学科
身長:183 cm
血液型:A型
結婚歴:既婚
子供:あり(結婚して家を出ている)
活動期間:1960年代~2015年
事務所:舞プロモーション→ボニート合同会社 (Bonito LLC) 所属

■経歴
・東京都立大学法学部(現・首都大学東京)卒業後に俳優座に加入。
・原田芳雄さんからの薫陶、中村敦夫(75)の誘いをきっかけに役者を目指した。
・1972年に「木枯し紋次郎」でテレビデビューし、80年代のドラマ「裸の街」「教師びんびん物語」などで人気を集めた。
・「ぶらり途中下車の旅」など旅・グルメ番組のリポーターとしても活躍、気さくな人柄で親しまれた。
・2001年に「阿藤海」から改名した。
・2015年11月15日、仕事先に姿を見せなかったため、午後2時頃に所属事務所スタッフと家族が自宅を訪ねたところ、ベッドに横たわって亡くなっているのが発見された。病死とみられる。69歳没。

中学時代は野球に熱中。神奈川県立西湘高等学校に入学するが、高校に野球部がなかったため2年時に退学。その後、野球部名門校の編入試験を受験するも不合格になり、西湘高校に復学した。卒業後は、東京都立大学法学部法律学科に入学。
学生時代は弁護士を志し司法試験の勉強に勤しむが、2年時にドイツ語の単位が足りず断念。
大学卒業後、劇団俳優座の舞台部に加入。後に原田芳雄の薫陶を受けたことと中村敦夫の誘いをきっかけに役者を目指すようになった。原田が出演した映画・ドラマに起用される事が多く、原田を兄事してその交流は原田逝去まで続いた。
約10年余は主に悪役として俳優活動を続ける。
1988年、フジテレビ『教師びんびん物語』に主人公・徳川龍之介(演・田原俊彦)の同僚教師・長曽我部権三役でレギュラー出演し、お茶の間の人気を獲得。以後はドラマ出演等の俳優活動に加え、グルメ番組でのリポーターや旅番組での案内役も担当するようになる。
2001年11月14日に芸名を阿藤海から阿藤快に改名。
» 阿藤快 – Wikipedia

■結婚・子供
結婚して子供もいますが、詳細はわかりませんでした。息子(?)は成人して結婚もしているらしく、家は出ているそうです。

■関連リンク
・Twitter:http://twitter.com/kai_atou
・Blog:http://blog.livedoor.jp/kai_ato/
・Wikipedia:http://ja.wikipedia.org/wiki/阿藤快

 

俳優の阿藤快さん死去、69歳 布団の中で亡くなる

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テレビドラマや、バラエティー、食べ歩きで活躍した俳優の阿藤快さんが15日までに死去したことが分かった。死因は心不全とみられる。14日が69歳の誕生日だった。神奈川県小田原市出身。葬儀・告別式は近親者で行う。

仕事の連絡がつかなかったため、関係者が警察に連絡。警察官と一緒に都内の自宅に入ったところ、布団の中で亡くなっているのを見つけた。13日までは本人と連絡がとれていたという。

阿藤さんは大学卒業後に当初は俳優座の舞台部に入り、その後に俳優になった。

芸名を「阿藤海」としていたが、2001年の誕生日の11月14日に改名した。長身で独特の風貌から、舞台や映画で脇役、悪役として異彩を放った。その後にドラマでコミカルな役を演じて人気となった。

また、グルメ番組のリポーターや旅番組で全国を駆け回り、独特の声のトーンで「なんだかなー」といった素朴なしゃべりと、出合った人との掛け合いが人気を博した。東日本大震災のあとには復興活動などにも尽力していた。「ぶらり途中下車の旅」(日本テレビ系)などが有名。

2015年11月16日(月)10時41分 日刊スポーツ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151116-00000066-nksports-ent

阿藤快さん死去、69歳 15日に仕事場に現れず自宅ベッドで発見、苦しんだ様子なし

個性派俳優の阿藤快(あとう・かい、本名公一)さんが、15日までに亡くなったことが16日、わかった。69歳だった。15日午後2時ごろ、連絡がとれないことを心配した所属事務所のスタッフが家族と都内の自宅を訪れたところ、ベッドの中で亡くなっていたのを発見した。病死とみられる。

事務所のスタッフによると、最近疲れた様子を見せ「背中が痛い」と言っていたという。周囲が心配して湿布などを勧めたところ、8日に仕事先の福岡でマッサージを受け「もう大丈夫!」と笑顔を見せ、9日にも都内のホテルでいつも通りに仕事をこなした。13日夜には、電話でスタッフと仕事の打ち合わせも行っていた。

 だが15日に仕事先に姿を見せないことから、スタッフと家族に連絡を取り、自宅を訪れ、ベッドに横たわって亡くなっているの発見した。発見したスタッフによれば「苦しんだ様子もなく、“快さん”と呼びかければ起き上がりそうだった。眠ったまま亡くなったようだった。部屋のカーテンも閉まったままでした」という。その後、警察により死亡が確認された。

阿藤さんは個性派俳優として鳴らし、グルメ番組でのリポーターや旅番組でも活躍した。2001年11月に阿藤海から阿藤快に改名。14日が誕生日で、69歳になったばかりだった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151116-00000035-dal-ent

食レポ後輩から追悼コメント

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俳優・阿藤快さん(享年69)が亡くなったことを受け、グルメレポートで共演した“後輩”のお笑いコンビ・ホンジャマカの石塚英彦、彦摩呂らがブログや所属事務所を通じて悲しみのコメントを寄せた。

石塚は事務所を通じて「誰よりもロケ先の、おじちゃん、おばちゃんと距離を縮めるのが早い人でした。辛すぎるものには『辛い!』、しょっぱすぎるものには『しょっぱい!』とウソをつかない人でした」と阿藤さんの人柄とレポート力に触れ「グルメレポートで色々な事を教えて下さいました。尊敬を通り越して大ファンでした。偉大なる先輩。ご冥福をお祈りいたします」とコメントを寄せた。

この日、阿藤さんが岡山県で行う予定だった講演の代役を務めた彦摩呂はブログで「悔しい…悲しい…また大声で笑って、ツバをいっぱい飛ばして喋って下さいよ…! 『なんだかな…』が聞きたい…寂しいです…」と胸中を吐露。阿藤さんとの数々の思い出を振り返り「60歳になっても70歳になっても、快さんのように、ジーンズ履いてロケに行く!」とつづった。

続けて「快さん…帰って来て下さいよ! 来年70歳の誕生日だよ! またお祝いして飲みましょうよ…! 戻らない旅に出やんといて…!」と天国の阿藤さんに呼びかけ「快さんなんにも、恩返しが出来なかったです…すみません…どうか安らかに…今まで、本当に、ありがとうございました…(泣)」と感謝の思いを伝えた。

大食いタレントで知られるギャル曽根は、ブログで「いつも会うとニコニコ優しくいろんな事を教えてくださった大好きな阿藤快さん。まだまだたくさんお話ししたかった」と悲しみ「まだまだたくさんいろんな事を教えていただきたかった。こんな若い私にも分け隔てなく優しく接してくださった阿藤快さん。早いです。早すぎます。もう会えないなんて信じられません」と、その面影に思いを馳せた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151116-00000356-oric-ent

阿藤快さん死去 「下町ロケット」現場に悲しみ広がる…阿部寛がコメント

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16日、大動脈破裂胸腔内出血のため69歳で亡くなったことが明らかになった俳優・阿藤快さんの訃報を受け、阿藤さんが出演したテレビドラマ「下町ロケット」(TBS系)で主演を務める阿部寛が、所属事務所を通じたFAXでコメントを寄せた。撮影現場では、関係者全員がショックを受けているという。

 FAXで阿部は「つい先日まで下町ロケットの撮影で御一緒した阿藤さんの突然の訃報を今ロケ現場で聞いて、皆がショックを隠しきれません」と報告。「大先輩なのにお茶目で謙虚で誰にも親しまれた方でした」と続け、「難しい科学用語の台詞に苦労された時『すみません』と照れ臭そうに仰っていた笑顔が忘れられません。まだまだ御一緒させていただきたかったです。残念です。ご冥福をお祈りします」と故人をしのんだ。

 「下町ロケット」は、宇宙科学開発機構の元研究員で、現在は父親が遺した下町の工場「佃製作所」の社長を務める主人公・佃航平(阿部)が、倒産の危機に立たされた工場の経営と、捨てきれずにいた宇宙への夢とのはざまで奮闘する姿を描いた連続ドラマ。阿藤さんは、佃製作所と先代のころから付き合いがある弁護士役を務めた。(編集部・入倉功一)

http://www.cinematoday.jp/page/N0078119

      

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